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映画『敬愛なるベートーヴェン』アニエスカ・ホランド監督

映画『敬愛なるベートーヴェン』アニエスカ・ホランド監督
*2006年公開の映画だが、師走の風物詩「第9」にちなんで。公開時、某雑に書いたものだが、埃を払い意味で取り出した。

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 師走である。教師もあたふたと走りまわるこの季節。コンサート・ホールは連日、第9が鳴り響く。言わずもながベートーヴェンの最終交響曲。この成立余話が興味深く描かれた映画だが、主題ではない。第9を奏でて師弟愛を描く。
 映画では時どき師弟愛モノの傑作が生まれている。彫刻家ロダンと女弟子カミーユ・クローデの煉獄もあれば、閨秀画家・上村松園の師との不義に迫る『序の舞』等々……。芸術の苦難の道をゆく同志的な愛ではなく、なまみの男女が感情をぶつけ合う恋愛になってしまうからややこしい。成功し名声を得た芸術家と美貌の若い女弟子との交情などは見方を変えれば体のよいセクハラなのだが、そう言ってしまうとドラマにならない。男女の機微を裁く司法の言葉は虚(うつ)ろだ。
 しかし、本作、珍しく師弟愛に徹して昇華する。それが象徴的に演じられる場が第9の初演なのだ。ほとんど聴力を失ったベートーヴェン(エド・ハリス)は若い女弟子アンナ・ホルツ(ダイアン・クルーガー)に総譜を渡し、演奏者のあいだに座らせ、師のタクトを誘導する。つまり音楽学校の生徒だったアンナは作曲家の意図を理解しつくしていた、と描かれる。しかし、この挿話はよく練り上げられたフィクションである。『アマデウス』のモーツァルト、サリエリ像を同じでさもありなんという巧みの創作である。「第9」成立の伝説がこのような映画を生み出した、ということだ。
 余談だが、筆者の好きな第9にリストの天才的なインスピレーションが紡いだ2台のピアノによる編曲がある。全楽章、すべて2台のピアノで歌い切った作品だ。現在、演奏会のプログラムにあがることはほとんどないが、名曲だと確信している。車を運転する際、オーケストラ版は重い。しかし、リスト版は聴ける。リストはピアノ曲に置き換えることによって第9の流布に貢献したのだ。レコードのない時代、リストの編曲版は家庭のなかで響きわたる最良の第9であった。正直、筆者が繰り返し聴いて飽きないリストはこの第9編曲集だけである。作曲家リストには申し訳ないが。
 しかし、映画は第9のエピソードでは終わらない。第9で勝ち得た名誉も、未来を見据えて書いた先駆的な「弦楽四重奏曲〈大フーガ〉」の不評まで描く。それも泰然自若と「未来が判定」すると意に介さない。が聴衆の拍手もなく人気の消えた会場でベートーヴェンは意識を失う。闘争しつづけた芸術家の晩年である。先駆者の不遇は芸術家の宿命というキーワードはここでも使われる。
 だいたい、音楽家の生涯を描いた映画は〈初演〉の感動、あるいは失敗を描きたがるものである。もう一つの常套手段は、出来上がったばかりホカホカの新曲、それはやがて名曲と知られてゆくものだが、それを愛する者にはじめて聴かせるという手法だ。本作はそうした音楽物の良き要素が嫌味なく伝統的な手法で描きこまれている。
 アンナは決してベートーヴェンのミューズではあらず、優れた弟子、一時期の芸術的同行者に過ぎない、と見据えたホランド監督の醒めた演出がよい。
 それにしてもざんばら髪の楽聖を演じたエド・ハリスの神がかり的な同化。髪の薄さがトレードマークのような彼が、小鳥の巣のような頭髪の繁みを吼え立たせ、初老の音楽家を演じ切った。ピアノ、ヴァイオリン演奏もハリスなら、第9の総譜にペンを走らせる手も彼のものだ。むろん、指揮も。これまでアクション・ペインティングの巨匠ポロックや、中米を米国に隷属させようとした弁護士ウォーカーなどアクの強い歴史上の人物を熱演してきたが、また1行、輝かしい履歴を刻み込んだ。アンナを演じたダイアン・クルーガーの演技も完璧だ。これまでベートーヴェンの生涯は幾度も映画化されたがホランド監督の演出は二人の名演に支えらて重厚ながら爽やかな師弟愛を造形した。

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