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「コロンビアの写真家5人の視線」展

「コロンビアの写真家5人の視線」展
   多様な風土と民族性を土壌にして

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  (写真=ルイス・モラーレス)
 日本にいるとラテンアメリカの写真界の事情に触れる機会は少ない。それでも近年、東京・恵比寿に都立の写真美術館が開設されたり、写真専門のギャラリーで目に触れる機会は些少、多くなったかな、という印象はある。といっても記憶をたどればメキシコ、ブラジル、キューバ、アルゼンチンぐらいなものであった。
 メキシコ市に暮していた頃、セントロの旧市街地にあった国立写真美術館によく通っていた。建物は植民地時代の古雅なものだったが、内部は機能性に富んだレイアウトで採光も素晴らしかった。ここでメキシコだけでなく、カリブの英語圏も含めた中南米諸国の写真家たちの紹介が、あるときは回顧形式で、あるいは横断的なタイトルの下で国境を越えて集められた複数の写真家の作品が恒常的に展示されていた。
 メキシコやブラジル、アルゼンチン……といった国をのぞけば写真家が生計を得るための出版媒体は少なく、また規模も小さい。中米の小国グァテマラに居住していた6年ほどのあいだに写真を中心とするイベントに親しく接したのは3~4回ほどの数でしかなかった。むろん、それがすべてはないだろう。しかし、グァテマラにアートとしての「写真」が自立する草創期に屋須弘平という日本人が介在していたこともあって、同国の写真界にそれなりの目配りをしてきたはずだったが、その程度の数でしかなかった。
 11月、日本コロンビア修好100周年記念事業のトリともいうべき位置に座ることになったイベント『コロンビアの写真家5人の視線』がが東京工芸大学の中野キャンパス内の写大ギャラリーで開かれた。コロンビアの芸術表現活動は騒擾の国であるにも関わらず、南米でも活発かつ充実したものがある。それは文学・演劇・映画・音楽・絵画に彫刻、さらに舞踊やテレノベラ(連続テレビドラマ)制作という分野にも渡っている。それは一連の修好記念イベントでさまざまな場で日本紹介が行なわれてきた。ことでも実証されている。
 
 選択された「5人の視線」は、同国の写真美術館のヒルマ・スアレス館長によって推薦によるものらしい。本イベントではじめて同国に自立した写真美術館の存在を知ることになったが、そうした公的機関による持続的な活動があったからこそ2006~2007年という近作だけでギャラリーの小宇宙を充実したものにしてみせたと思った。
 セルヒオ・バルテルスマンの「2008年光の鉛筆」10点がコロンビアの自然に誘う。しかし、それは観光のランドマーク的な記号性をまったく排した、いわばコロンビア人なら誰も記憶の底に秘めているような自然美の光景である。場所の名はない、何処か懐かしく思い出されるような光景であって、それは俳人が四季のうつろいを自然に託して詠ったような観照の世界であった。視覚のインスピレーションはほとんど俳諧の世界だと思われた。感性の豊かな写真である。
 自然をみせた後はこの国の民族について語りかける。アドリアナ・デューケという女性写真家による「聖家族」10点はポートレートであるが、どこかファンタジィックな世界を造型している。特に家族の集合写真はできるだけ影を排した人口機密的な気配のなかに瞬間を留めていた。それも日常生活の瞬間を切りとるというのではなく、あくまで写真の歴史のなかに、序章期から遠い未来まで繋ぐであろう商業的な家族記念像の枠内でファンタジーを作っている新しい表現だ。略歴をみると5人のなかでもっとも海外での個展が多いようだ。この国の多様な民族構成をそれぞれのファミリアに託して撮り、それが海外への観光的な、あるいは政府広報的な意味をもちながらも〈芸術〉と昇華されているところに、こうした海外展に欠かせない存在になったという感じがする。そして、その意図に完璧にこたえている。
 つづくカルロス・デューケの「儚(はかな)き幾何模様」はネオ・シュールレアリスムといったカテゴリーに収まるものだろう。抽象的な光・煙のある瞬間の〈虚〉をシンメトリカルに定着させた作品だが、今こうした作品をみると、もっとも“古典的”なモダニズムといった言葉で括れるところがあるので、評価は低くなる。新しくともなんともないし、批評性も希薄で写真家の哲学も全然、みえてこない。コロンビアの写真家である必要はないということだ。こうした写真を撮る者もいるということなのだろう。
 ルイス・モラーレスの「UNTITLED」は鋭敏な感性が捉えた作品だ。組写真としての効果、並立することで相乗効果を高めることを熟知した写真家の視線がそこにある。古雅とはいえないが、それなりの歳月を蓄えた建物の回廊を明晰に切りとった作品で、おなじような構図でありながら、みな微妙に違う光景がそこに映し出されている。床のタイル模様、壁の色、突き当りの階段の上り口の装飾……同じ建造物のたぶん各層を撮ったものだろう。新装当時はみな同じ調度、そして色相であったものが人に使いこまれているうちに、そこはことなく微妙に変化してゆく。その歳月の変化を10点の同一の視覚によって雄弁に語っていくものだ。気配が歳月を醸し出すことを象徴する写真だった。
 そして最後は風土と多様な民族構成、そしてカトリックが育んだ色彩感あふれるフェイスタの紹介ともなっている「コロンビアの祭り」。天頂の旺盛な太陽の下で賑々しく展開する祭りを共感をこめて祝賀する率直明快な10点であった。
 Ⅰ人10点……50点の作品は多いとはいえないがコロンビア写真の現在とはさもありなんと思わせる説得力のあるものだった。 (2008年11月記)  上野清士
 

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